2014年2月26日水曜日

映画を資料にするのはうーんって感じなんですかね。
フィクションを元にフィクションを書いてるのは
猫見て虎描いてる的な、みたいな。
演出演出。

6 件のコメント:

  1. どっちみち映画とか漫画とか小説とか、今まで見聞きしたモノの影響って何かしら残ってるだろうからなあw
    「オレはこれを資料にするぜ!」って意識してやるのか、はたまた受けた影響が無意識のうちに出ちゃってるのかの違いしかないような気がしないでもない。

    虎を描く時に何かしら猫のイメージが浮かんだなら、それはもう大なり小なり猫の影響を受けてるのではないだろうか。という俺理論。

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  2. そもそも教育というものがある時点でその後作られるものに
    自分一人で作ったみたいな言葉は甚だ滑稽。
    流れの顛末にはどっかで因果があるに違いない。
    大概の物語はフィクション。端っこに書いてあるもん。フィクションは面白けりゃいい。
    しかし絶対的なシステムをフィクションでやってるの見て
    現実ではあり得ないことも信じちゃう人いるでしょってこと。
    で、それを資料にフィクション作るのってどうなのって話。
    例えば警察モノ。

    ちなみに猫見て虎は昔の屏風やら掛け軸描いてた人。
    嘘も無知も演出の内。

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  3. なんちゅーか映画だろうが図書館で借りて来た文献だろうが
    もっと調べた方がいいという自戒です。

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  4. つまり、銃が暖かいコーヒーに浸かっただけで熱膨張して撃てなくなっちゃった某ラノベとか、狙撃するときにアサルトライフルを肩に担いでヘッドショットしようとした某少女漫画とか、こういった展開・描写を事実だと思い込んじゃいけないっていう、そういう話か! なるほど。
    別に事実に基づいたものじゃないとダメだってことはないけど、作品の世界観とか雰囲気によっては重要視しないといけなくなるし、演出と事実のバランスは難しいですわな。

    >なんちゅーか映画だろうが図書館で借りて来た文献だろうが
    >もっと調べた方がいいという自戒です。

    ↑まあ、これに関してはその通りだと思うます。

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  5. >つまり、銃が暖かいコーヒーに浸かっただけで熱膨張して撃てなくなっちゃった某ラノベとか、狙撃するときにアサルトライフルを肩に担いでヘッドショットしようとした某少女漫画とか

    こういう表現さえも実は真実かもしれないという疑いの目を向ける
    世の中嘘っぱちだらけかもしんない
    「おいおい」ってのと「なるほど」っていう配分

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  6. ニートこいて本読む言い訳です

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